焦点距離で視野と分解能はどれだけ変わるか ― 35 / 50 / 85 mm のラインスキャンレンズを実測比較
「視野を広げれば分解能は落ちる」――外観検査に関わる方なら、誰もが知っている原則です。ただ、実際にレンズを1本選ぶ場面で効いてくるのは、原則そのものではなく「では、どれだけ落ちるのか」という数字のほうです。
まずは1枚ご覧ください。AI外観検査システム TR-300 に、焦点距離の違う3本の産業用ラインスキャンレンズ(35 mm / 50 mm / 85 mm)を付け替えて同じ対象を撮影し、同一縮尺で並べたものです。

35 mm・50 mm・85 mm の産業用ラインスキャンレンズで同じ対象を撮影した全画面を同一縮尺で並べた比較画像。焦点距離が長くなるほど、画面に写り込む幅が狭くなっていく
3枚の幅の差が、そのまま視野の差です。35 mm では広い範囲が一度に入り、85 mm では同じ対象が大きく写る代わりに、画面からはみ出す部分が増えます。当たり前の絵に見えますが、この「はみ出した分」が、現場では搬送回数やタクトタイムに直結します。
今回は、この3本をカタログのスペック表ではなく 実機で撮り比べ、視野・分解能・明るさを実測 しました。測り方から数値まで、そのままご自身の検査条件の検討に使える形で公開します。
1. どう測ったか ― 1マス 21 mm のチェッカーボードから逆算する
カタログの視野値は、指定のワーキングディスタンスやセンササイズを前提にした値です。実際の装置に載せたときの視野は、自分で測るのがいちばん確実です。私たちは、1マス 21 mm のチェッカーボードを実際に置いて撮影し、そこから逆算 しました。

1マス21 mmのチェッカーボードを撮影した画像から、横視野と1画素が担う大きさを逆算する手順を計算式つきで示した図
使う式は2つだけです。
- 横視野 =(画像の横幅の画素数 ÷ チェッカー1マスの画素数)× 21 mm
- 1画素が担う大きさ = 横視野 ÷ 4,096画素
カメラは4Kラインスキャン(4,096画素・画素ピッチ 7 µm)。この2式とチェッカーボード1枚があれば、焦点距離の違う3本を完全に同じ土俵に乗せられます。図では、チェッカー1マスが何画素に写っているかを数えるところから、最終的な µm/画素までを一本の流れで示しました。特別な測定器は要りません。
2. 視野と分解能の実測値 ― トレードオフを数字にする
3本の実測結果です。
| レンズ | 横視野 | 1画素が担う大きさ | 35 mm比の分解能 |
|---|---|---|---|
| 35 mm | 186 mm | 45.4 µm/画素 | 1.00× |
| 50 mm | 129 mm | 31.5 µm/画素 | 1.44× |
| 85 mm | 89 mm | 21.7 µm/画素 | 2.09× |

グラフの2本の棒は、きれいに逆を向きます。35 mm から 85 mm へ替えると、視野は 186 mm → 89 mm と半分以下に狭まり、その代わりに分解能は 2.09倍 になります。50 mm はちょうど中間で、視野 129 mm・31.5 µm/画素です。
ここで押さえておきたいのは、この関係に例外はない ということです。「視野も広くて分解能も高い焦点距離」は存在しません。レンズ選びとは、この直線上のどこに自分の検査を置くかを決める作業だと考えたほうが、話は早く進みます。
3. 見え方はどう変わるか ― 同じ 60 × 60 mm を切り出して並べる
数字だけでは実感が湧きにくいので、3本の画像から 同じ 60 × 60 mm の範囲を切り出し、同じ大きさで表示 しました。

35 mm・50 mm・85 mm の各画像から同じ60×60 mmの範囲を切り出し、同一サイズで並べた比較画像。焦点距離が長いほど同じ範囲がより多くの画素で描かれ、細部がなめらかに残る
同じ面積を、35 mm は少ない画素で、85 mm は多くの画素で描いています。その差が、輪郭のなめらかさや細かい模様の残り方として現れます。85 mm では形として残っている細部が、35 mm では画素の粗さに埋もれて平らになる――これが「2.09倍の分解能」の見た目です。
逆に言えば、この程度の差で足りるなら、視野を犠牲にする理由はありません。必要な分解能を先に決め、それを満たす範囲でいちばん視野の広い焦点距離を選ぶ のが、現場では失敗の少ない順序です。
4. 「10 µm のキズ」は何画素になるか
検査仕様の話をすると、必ず「10 µm のキズを見たい」という要求が出てきます。これを画素に換算すると、次のようになります。
| キズ幅 | 35 mm | 50 mm | 85 mm |
|---|---|---|---|
| 10 µm | 0.22 画素 | 0.32 画素 | 0.46 画素 |
| 20 µm | 0.44 画素 | 0.63 画素 | 0.92 画素 |
| 30 µm | 0.66 画素 | 0.95 画素 | 1.38 画素 |
| 50 µm | 1.10 画素 | 1.59 画素 | 2.30 画素 |
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10 µm・20 µm・30 µm・50 µm のキズが35 mm・50 mm・85 mm の各レンズで何画素に相当するかを示したグラフ。形として安定して捉える目安となる2画素のラインが引かれている
一般に、キズを 形として安定して捉えるには 2画素以上 が目安とされます。図の2画素ラインを超えているのは、50 µm のキズを 85 mm で見たケース(2.30画素)だけです。
2画素に相当するキズ幅を逆算すると、35 mm:約91 µm / 50 mm:約63 µm / 85 mm:約43 µm。つまり今回の構成では、どのレンズを選んでも「10 µm のキズを画像として分解する」ことはできません。これは失敗ではなく、要求仕様と光学条件を突き合わせるための、いちばん大事な確認 です。(ただし「分解できない=検出できない」ではありません。この点は第8節で述べます。)
5. 見落とされがちな第2の軸 ― 明るさ
レンズ選びが分解能の話だけで終わってしまうことがよくあります。しかし実際には、明るさ(F値) という第2の軸が、検査の成立そのものを左右します。

開放F2.8とF4.0のレンズの有効口径と受光量を比較した図。F値が大きいほど口径が小さく、取り込める光の量が少なくなることを示している
今回の3本では、85 mm は開放 F4.0、35 mm と 50 mm は開放 F2.8 でした。撮像倍率を加味した 実効F値は 3.2 / 3.4 / 5.3。理論上の受光量は、85 mm が 50 mm の約0.42倍 にとどまります。実画像でも 85 mm がいちばん暗く、白部の輝度は 226 → 209 → 194(35 mm → 50 mm → 85 mm)でした。
ここで因果を取り違えないことが大切です。「焦点距離が長いから暗い」のではありません。同じF値なら明るさは同じ です。ただ、長い焦点距離で同じF値を保つには、それだけ大きな有効口径が必要になります。産業用レンズはサイズやコストの制約からその口径を確保しにくく、結果としてF値が大きく(暗く)なりやすい ――という順序です。
暗いこと自体は、対処すればよい話です。ただしその対処は二択になります。露光時間を延ばす(ライン速度が落ちる) か、ゲインを上げる(ノイズが増える) か。TR-300 のコア技術である FORESIGHT STEREO(Photometric Stereo:複数方向から光を当てて撮った画像から、面の傾き=法線を求める方式) は、微小な輝度差を手がかりにするため、S/N(信号とノイズの比)の低下がそのまま精度に響きます。分解能を取りにいった結果ライン速度が落ちる、あるいはノイズで法線が荒れる――レンズ選びは、ここまで含めて初めて判断できます。
6. わかったこと、まだ確定していないこと
技術ノートとして、線を引いておきます。
わかったこと。 視野・1画素が担う大きさ・キズの画素換算は、実測で確定しています。§2 と §4 の数値は、そのまま検討に使っていただけます。
まだ確定していないこと。 明るさの 定量比較 です。実測の輝度低下は 35 mm 比で 約0.86倍(226 → 194)でしたが、実効F値から計算した理論値は 約0.38倍。実測のほうが、理論よりもかなり小さい低下にとどまりました。撮像時にゲインまたは照明で一部が補償されていた可能性が高いと考えています。ここを定量的に確定させるには、絞り・露光・ゲイン・照明を完全に揃えた再撮像 が必要です。
したがって現時点で言えるのは「85 mm がいちばん暗かった」という順序までで、「何倍暗いか」は条件を揃えた再測定を待つ必要があります。傾向は一致しているので定性的な判断には使えますが、定量的な設計値としては使えない――そういう精度の情報だとご理解ください。測定条件を揃えないまま倍率を語ってしまうと、そこから先の設計が丸ごとずれます。
7. では、どう選ぶか
今回の評価では、50 mm がもっともバランスが良いという結論になりました。 視野 129 mm を確保しながら 31.5 µm/画素、実効F値も 3.4 と 35 mm(3.2)にほぼ並びます。分解能を 1.44倍 に上げても明るさをほとんど落とさずに済む、という点が効きました。
そのうえで実務的には、35 mm を広視野モード、50 mm を高分解能モードとして使い分ける2本構成 という考え方が現実的だと考えています。1本ですべての検査要求を満たそうとするより、対象ごとに視野と分解能の置きどころを変えるほうが、結果的に安定します。なお、これは今回の評価から導いた結論であり、製品仕様として決まったものではありません。
8. 「検出できる」と「分解できる」は別問題
最後に、第4節で置いた留保について書いておきます。
「10 µm のキズを検出する」ことと、「10 µm を画像として分解する」ことは、別の問題 です。分解とは、キズの形や幅を画像上で正しく再現することを指します。一方、検出は「そこに異常がある」と判定できれば成立します。
Photometric Stereo は、明るさそのものではなく 面の傾き(法線)とその変化 を手がかりにします。そのため、キズ幅が1画素未満であっても、その画素の法線・勾配が周囲と違う変化として現れ、異常として捉えられる可能性があります。1画素の中に収まってしまうキズが、その画素の見え方を変えるからです。
ただし、これは「必ず検出できる」という意味ではありません。キズの深さ、面の材質、照明条件によって成否は変わります。2画素相当の限界(35 mm:約91 µm / 50 mm:約63 µm / 85 mm:約43 µm)は、あくまで「形として分解できるか」の限界であって、「検出できるか」の限界とは一致しない ――ここを分けて考えることが、検査仕様を現実的に組み立てる出発点になります。
まとめ
- 視野と分解能は必ずトレードオフです。 35 mm → 85 mm で視野は 186 mm → 89 mm に狭まり、その分だけ分解能が 2.09倍 になります。両立する焦点距離は存在しません。
- 分解能だけで選ぶと失敗します。 明るさ(F値)→ S/N → ライン速度まで含めて判断してください。長焦点で同じF値を保つには大きな口径が要り、産業用レンズではそこを確保しにくいため、結果として暗くなりやすくなります。
- 「検出する」と「分解する」は別問題です。 2画素相当の限界(35 mm:約91 µm / 50 mm:約63 µm / 85 mm:約43 µm)は形を分解できるかの目安であり、Photometric Stereo では1画素未満のキズも法線の変化として捉えられる可能性があります。
検査対象のサイズと必要な分解能から、どの焦点距離が適しているか。TR-300 での視野・分解能の実測評価や、サンプルの試験撮像をご希望の方は、お気軽にお問い合わせください。


